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2008年6月 8日 (日)

#70「小学館残酷物語」

最近、景気のいい話も良い噂も聞かない小学館。
ヤングサンデーは休刊が決定し、
漫画家は他誌に移ったり、blogで愚痴を言ったり。
あげくの果てに雷句誠に訴えられた。

何が悪いのか、誰が悪いのか、
一体どういう事なのか。

あ、収録は1週間以上前なので、
情報が色々古いですがそれは踏まえておいて下さい。

今週紹介する漫画は「MISTERジパング」。

MISTERジパング 1 (1) (小学館文庫 しH 1)BookMISTERジパング 1 (1) (小学館文庫 しH 1)

著者:椎名 高志
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コメント

面白いと思えるマンガと面白いと思えないマンガの違いはどこにあるのか?ですよね。はいはい。

社会学者チクセントミハイの『楽しむということ』において提唱されているフロー体験から
今回の問題を解き明かせるかもしれません。フロー体験とは

「全人的に行為に没入している時に人が感ずる包括的感覚」

のことでたとえば本を読んでいるとたまに内容に集中するあまり、通過駅を忘れる。
夢中で好きなことをしゃべっていると時間を忘れる。演奏体験に没入して楽器を弾いていることを
意識しなくなる瞬間がある。そうしたときがフロー体験である。
フロー体験に関係する変数は二つあるという。不安と退屈である。
挑戦に対して自分の技能があまりに低いとき、人は不安になる。
逆に挑戦のハードルに対して技能が高すぎると退屈になる。
挑戦と技能のバランスが適切に設定されたとき、人はフローを体験する。

このフロー体験をマンガ拝読という行為に無理やりあてはめてみると
結局は面白いマンガは内容が”ぎりぎりだから面白い”ってことになる。
主人公らにふりかかる難題とそれを打破せんとする能動的行為ないし能力、
この2つのせめぎあいがある種の面白みマンガの旨味となっていることは言うまでもない。
2002年のサッカーワールドカップ、日本はなぜあんなに盛り上がったのか。
そりゃ開催国ってこともあったろうけど”ぎりぎり”だったから面白かった、みんな手に汗握った、
とも言えるのではなかろうか。世界の強豪相手にサッカー発展途上国の日本がやっと一縷の可能性を
みいだした大会、それがあのWCUPだったのでは?まったく勝てないなら誰も見向きもしない。
常に一人勝ちの勝負なら退屈だ。やはりそこには互いにしのぎを削る駆け引き勝負が最高の見所となるだろう。

天才同士のぎりぎり対決→デス○ート
弱小野球部がぎりぎり甲子園優勝→山下たろー○ん
ぎりぎり着地・ぎりぎり通過→D○IVE
なにかとぎりぎり→医療マンガ全般
いわずもがななぎりぎり→○イジ
訴訟ぎりぎり→絶望○生

しかしこの理論でも捉えきれないマンガの面白さがあるのも事実。いやはやどうしたものか。

酷い母親が最後は…→グラップ○ーバキ
ゆるいのに面白い→もやし○ん
ワルから武士へ→道士郎○ござる!
あだち○の作品全般

ちなみにマンガ自体あまり読んでないですが最近面白いと思うマンガは『ヒストリエ』『月光条例』かなと。

投稿: さいとう・リバティ・たかを | 2008年6月14日 (土) 14時23分

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